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世界を舞台に撮り続ける

更新日 2019年02月14日

デヴィッド・ボウイ、レイ・チャールズ、YMO、木村カエラ――世代や国籍を超えて名だたるミュージシャンを撮影し、今なお第一線で活躍する直方市出身の写真家がいる。彼の名は鋤田正義。故郷・直方での思い出や、40年以上撮り続けてきたデヴィッド・ボウイとのエピソードを軸に、世界的写真家の素顔に迫った。

犬鳴峠を越えて

鋤田さん撮影「母」の写真

「母」©鋤田正義


中洲で映画を見るために、自転車片道50キロの旅に2、3回行きました。朝6時ぐらいに出かけて映画館に着くのは昼頃。2本ぐらい見ると帰りは夜です。旧道で狭いし怖いし、今みたいに舗装されてないから道も悪くて。何回か転んで膝小僧の皮が剥けましたよ。

戦後、アメリカ文化がどっと日本に押し寄せてきて、モロにその影響を受けました。写真や映画、音楽は好きでしたが、勉強の成績は中くらいかそれより下。そのくせ音楽を聴くために、安い鉱石ラジオで福岡放送局の音楽番組を聴いてみたり、雑誌にいい写真が載っていたら、それを買って切り抜いたりしていました。皆が受験勉強しているときに好き勝手を通したけど、それが今につながっていると思います。好き勝手を通した典型が犬鳴峠越えです。

大学受験に失敗して、無試験で入れる大阪の写真専門学校に行きました。本格的に写真を始めたのはそれから。高校時代にカメラを買ってもらったのが嬉しくて、フィルム代も馬鹿にならないから一枚一枚丁寧に撮っていました。夜の転車台で、汽車のヘッドライトが尾を引いて、その光の筋がずっと残ってるような写真を撮ったんですが、それが入選。そこから少しずつ火がついていったように思います。

数年前、101人の写真家が1点ずつ写真を出品する企画があり、僕は高校生のときに撮った「母」という写真を選びました。母に買ってもらったカメラで撮ったんですが、後で姉から、母がいろいろなところに借金して買ってくれたものだったと聞きました。

巨匠と呼ばれるまで

鋤田さん撮影のデヴィッド・ボウイの写真

「デヴィッド・ボウイ」©鋤田正義


最初は何のコネも無くロンドンに行って、T-REX(ティーレックス:注1参照)の事務所に押しかけて自分の作品集を見せたんです。そこで即OKもらって、異例の4時間、スタジオで撮影しましたね。その滞在中に街でデヴィッド・ボウイ(以下ボウイ:注2参照)のポスターを見かけてその存在を知り、ライブを見てクールな身のこなしに衝撃を受けました。いい写真が撮れると思、すぐに連絡先を調べて撮りに行きました。

僕が撮ったボウイの写真がライブ会場に飾られて、それがきっかけで音楽関係者の間で「この写真は誰が撮ったんだ」と話題になり、自分にも自信がついたしボウイからも信頼を得ることができたのかもしれません。 

撮影のときは、被写体よりも(心理的に)上に立たないようにしています。被写体に「デヴィッド・ボウイを撮った人」と一目置かれるといい写真が撮りにくいから、絶対巨匠感は出さない。いい写真が撮れてお互いが喜べるのが万々歳ですよ。

僕はスポーツが大好きなのですが、スポーツと写真は少し似ているところがあります。例えばサッカーでゴールに蹴り込む瞬間、「ここだ」と思ったときにはもう遅いんですよね。その直前が大事で、蹴り込む一瞬前の勘が鋭い選手が一流なんじゃないでしょうか。写真も「いいな」と思ってシャッターを切っていてはダメで、「いいな」と感じる直前ぐらいのほうがいい。

ボウイを撮ったとき、最初ヘアメイクも決まっていたのにどんどん髪をクシャクシャにしたり動きを変えたりしていくから、直感でシャッターを切っていい瞬間を逃さないようにしていました。40年間彼を撮り続けてきたけど、僕は英語が話せない。でも向かい合っただけで彼が何を考えているか何となくわかる。それで充分なんですよ。

出発点はここ

鋤田さんの実家「すきた手芸店」前で撮影思春期の思い出がつまっていて、自分の出発のエネルギーになった場所ですからやはり思い入れは強いです。しかし地元がシャッター商店街になっていくのは悲しいので、若い世代に受け継いでいかなければならないと思います。

直方に帰ってきて若い頃を思い出すと、僕はいつも2番手か3番手だった。運動会でも何でも1番になれなかったし受験に失敗したことなんかもあるけど、そのせいか、この年になった今でも1番になりたいと思う。今思うと、1番になるために何か足りないと考えたことが良かったのかもね。

野心や大志を抱いていたわけではないけど、撮りたいという情熱で成るように成っていった。心の直方といいますか、僕にとってはいつも出発点に戻れる場所です。

このページの作成担当・お問い合わせ先

企画経営課 ふるさと情報係

電話番号:0949-25-2236 ファックス:0949-24-3812
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